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2025.04.03

土佐高野球部卒の小松投手が入学式でスポーツ科学部総代 「メジャーと4年間学業トップが目標」

 過去最多の新入生800名が参加した4月2日の大阪体育大学入学式で、野球と学業の文武両道を目指す硬式野球部・小松起(ゆき)さんが、スポーツ科学部598名の総代として宣誓しました。小松さんは、甲子園で春夏各1回準優勝し、文武両道の名門として知られる高知・土佐高校野球部の出身。大体大での目標は「メジャーリーガーと4年間学業成績トップを続け卒業式でも総代に」と夢いっぱいです。

大阪体育大学入学式で総代を務めた硬式野球部・小松起投手(土佐高校)


 小松さんは総代の大役を「スポーツ科学部約600人の代表として宣誓したことは心からうれしく、誇りに思う」と振り返ります。式では、「日本スポーツ界をけん引する存在になれるよう精進します」と宣誓しました。「大体大での経験を経て、ドジャースの大谷翔平選手や山本由伸選手、大体大の先輩の上原浩治さんのような投手になって世界で活躍したい」という思いを込めました。
 高知市出身。小学2年から野球を始め、「将来、海外で働ける人になる」ため、高知県で最難関の私立土佐中学に入学し、土佐高校に進みました。
 土佐高校は、名将の故籠尾良雄監督が進学校で文武両道を徹底。1966年春のセンバツでは、純白のユニフォームと攻守交代での全力疾走で全国の高校野球ファンに鮮烈なイメージを残し、準優勝を果たしました。
 小松さんは1年秋から背番号1のエース。1年秋、2年秋は県ベスト4に進みました。2年の3月、突然、思い通りのプレーができなくなるイップスになり、ベンチから外れたましたが、3年の6月に治り、最後の夏の高知大会は背番号10をつけました。

入学式で宣誓する小松起さん。「諸先輩が築いた歴史と伝統を大切に、日本スポーツ界をけん引する存在になれるよう精進します」

 大阪体育大学に進むきっかけは、ドジャース・山本投手のトレーニングをサポートしている矢田接骨院(大阪市)の矢田修さんとの出会い。夏の高知大会が終わった8月、自分が使っているグラブ制作会社の社長の紹介で矢田さんと会い、自分の夢のメジャーにつなげるため矢田さんのサポートを受けたい、そのためには関西の大学に進みたいと考えました。
 すぐに大阪体育大学の練習に参加。投手陣に帯同し、練習がとても楽しかったといいます。松平一彦監督には「部員全員の将来を考えてくれている人」という印象を受け、「ここしかない」と決めました。
 スポーツ科学部では骨格、筋肉など身体の機能、バイオメカニクスを学びたいといいます。
 右オーバースロー。ツーシーム、それぞれ2種類のカーブとカットボール、スプリット、チェンジアップを持ち、球速は最速144㌔。イップスが治った後は70イニング無四球で、「自分から崩れることがない投手」だと自己評価します。
 3月23日から練習に参加し、ベンチ入りを目指します。硬式野球部での目標は「チームとしては連覇中の天理大学を倒して全国の神宮の舞台に立つこと。個人では155㌔を投げて、ドラフト、さらにはメジャー」です。
 文武両道にも強いこだわりがあり、「4年間、学業成績でトップに居続けて、卒業式で総代として謝辞を述べたい」と言い切ります。夢の実現に向けて、4年間、全力で駆けます。

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