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2024.07.25

女子バスケットボール日本代表のパリ五輪での健闘を祈り、恩塚HCのスポーツ科学部開設記念講演の全文を再掲載します

 パリオリンピックは日本時間7月27日(土)午前2時半から開会式が行われ、8月11日まで32競技329種目が実施されます。
 3大会連続出場となる女子バスケットボール日本代表は日本時間30日(火)午前4時、米国との初戦を迎えます。
 女子日本代表を率いる恩塚亨ヘッドコーチは3月23日、大阪体育大学スポーツ科学部開設記念シンポジウムで講演し、「日の丸を付けてバスケット界に恩返しするために、実績のない私が始められることとして考えたのがスポーツ科学、ゲーム分析です」「私の好きな言葉に、サッカーのモウリーニョ監督の『メッシにドリブルを教えることはできないけれど、チームとして戦うことを教えることはできる』があります。チームとしてこう戦うんだということを、スポーツサイエンスを使って提示できたら、どんなことでもコーチできる」などとサイエンスの力でメダル獲得に挑む意気込みを語っています。
 恩塚ヘッドコーチの講演全文を再掲載し、バスケットボール女子日本代表の健闘をお祈りします。

<大阪体育大学スポーツ科学部開設記念シンポジウム「スポーツサイエンスが拓く未来」記念講演>
バスケットボール女子日本代表ヘッドコーチ、恩塚亨さん
「バスケットボールコーチの視点から」
2024年3月23日

 私と大阪体育大学の関係は、前職で大学(東京医療保健大学)のコーチをしていて、2012年、初めてインカレに出場し、初戦で大阪体育大学に当たった。57―87でボコボコに負けたところから大学のコーチをスタートした。
 私はスポーツサイエンスがなかったら、この場に立っていない。選手としての実績もない。今日ここ(大阪体育大学)に来る途中に車内で後輩と話していると、後輩から「(私が)代表監督になるなんて思っていなかった。他のバスケットボール部の仲間もそう思っている」と言われた。
 私が人生で一度は日の丸を付け、バスケット界に恩返しするために何かできることはないか、実績のない私が始められることはないかと考え、始めたのがスポーツ科学。今日のテーマで言うゲーム分析だ。私はゲーム分析を掘り下げることでコーチングができるようになったし、大学でインカレ5連覇を果たして代表コーチになり、2月の五輪予選で勝つことができた。もし私がこれをやっていなかったら、私はここにいないと本当に思っている。これから未来を拓こうと思っている皆さんに、私の経験が少しでも役に立ってほしいと思っている。
 そもそもデータ哲学、データを扱うときの心構えは、「勝つべくして勝ちたい」ということだ。「一生懸命」「思い切ってやる」は、スポーツの最後の最後でかける言葉だが、そこに至るまでは「勝つべくして勝つ」準備が必要で、そのためにはデータが不可欠だ。データと言うと、情報が多くて取り扱いが難しそうだが、行き着くところは、自分たちの行動に移せるかどうか。「これをやったら勝てるよね」に行き着く情報でないと価値はない。いろいろなデータを扱ったとしても、「こうやったら勝てる」という論理的確信につながるデータを使えるようにしたい。
 今日は、私がどうやってバスケットボールを分析し、論理的な確信に至ったのかというプロセスを紹介したい。
 勝負事なので絶対はないが、論理的には「絶対にこれだったら勝てる」というところまでは、スポーツサイエンスを通して持てることができる。それを持って勝負していれば、どこでつまずいたのかが分かるし、調整が失敗に終わったとしても、自分を卑下する必要はない。「これができなかった」ときちんと受け止めて、次につなげていける。きちんとデータ分析をし、論理的確信をもって臨むというプロセスを大事にしてほしい。
 ではどんなデータを重視するのか。行動する目的は勝つためであり、とにかく勝つ可能性を高めるデータは何かに着目する。データにいかに優先順位をつけて本質に迫れるか、コーチのセンスが問われる。ここも「こうやったら勝てる」につながらないと意味がない。優先順位を付けやすい。
データを選ぶ2つの視点として大事にしているのは、まずバスケットボール競技の特性にしっかり向き合い、「このデータは勝ち負けに左右するよね」というポイントをつかむ。もう一つは戦略のデータ。自分たちが勝つために強みを最大化するためのコツとかポイントをちゃんと評価して、そのパフォーマンスを振り返るようにする。この二つを私は考えている。
 この二つをこれから振り返りたい。
 そもそもバスケットボールは、相手より多く得点した方が勝利するゲームだ。ここをつかむと、何を掘り下げるべきかが分かる。次は得点がカギになる。得点は、得点効率と攻撃回数の掛け合わせで決まる。攻撃の質と量がシンプルに関わる。得点効率の高いシュートを数多く打ったチームが勝つ確率が高いスポーツだ。これをちゃんと押さえられるどうかかが勝負に勝つためのポイントだ。なぜこんな話をするのかというと、代表チームの試合でも「何でそんなタイミングで期待値の低いシュートを打つのか」という場面がある。それは「頑張らなきゃいけない」「やらなきゃいけない」という気持ちで、期待値の高いシュートよりも「頑張る」という精神を重視するからだ。そういうエラーをちゃんと整備して「勝つべくして勝つ」ために選ぶこと、強い心構えを持つためにもこういう考え方は必要だと思う。
 得点効率の高いシュートを数多く打つというデータは、効果的なシュートを打っている割合、フリースローシュートを打てている割合、シュートを打てずにオフェンスが終わる場合、リバウンドの獲得割合。この4つがバスケットボールの重要な数値ではかれる4ファクターと呼ばれる。こういう視点で、スポーツの勝負が決まるカギとなる重要なデータが何なのかをつかんだうえで、そこから目星をつけていくのが大事ではないか。データはいくらでも出せるが、これ以上大事なデータはない。バスケットは4ファクターだが、バスケット以外の人も何がキーファクターなのかをつかんで、そこで自分たちが勝負できているか、違うところで頑張っても勝てない。そこに対して厳しさを持って向き合うことが、「勝つべくして勝つ」ことにつながる。
 以上が1つ目のバスケットの特性の話だが、2つ目は、戦略として勝つために、自分たちの強みを理解し、強みを相手にぶつけることが、バスケットボールなど対人競技では大事なポイントになる。自分たちの卓越性をどう見つけていくかがポイントで、自分たちの強みを分かっているかどうかは本当に大事だ。トップアスリートで結果を出している人は、ちゃんと理解している。これを分からずに「とにかく頑張る」「言われたことをやります」と言う人は、人との勝負ができず、本当の力を出せていないのではないか。
 私たちは考え抜いたうえで、「アジリティ・敏捷性」が日本の女子バスケットが世界で戦ううえでのカギになると考えた。バスケットは行ったり来たりして目まぐるしく状況が変化するスポーツで、その中で素早く合理的な行動ができるということはパフォーマンスに大きく影響し、日本人はそれができる。そのため、これが一番の強みで相手に最大限ぶつけていく戦い方をしようと設定した。これもデータの活用だが、選手に動画を見せ、F1のような動きはできないが、ラリーカーのような感じで戦えば、勝ち筋を取って行ける。これは自分たちの強みで、こういうエネルギーで戦うことを強調している。また、アジリティといっても選手に響かないので、今は「走り勝つ」とコンセプトを掲げながら自分たちの強みをぶつけている。選手がイメージできる言葉になるまで情報を磨いていくと、パフォーマンスが上がっていくと思う。
 また、1試合の中で何%速攻を出せたのか数値を出しながら、自分たちが走れているかどうかをチェックしている。チェックしながら目標を20%にして5回に1回は速攻をする目標を設定している。そのうえでフィールドゴールは60%をめざしているが、目標値を決めながらパフォーマンスを見て、ビデオを見ながらずれをみつけていく作業を永遠とやっている。その中で自分たちが走り切れていない、または走る中で起きたエラーなどの課題を見つけて、自分たちがぐらつくポイントを押さえて、ちゃんと走る。その繰り返しだ。
 シンプルに、攻防が変わった瞬間の走り出しや1プレーごとに正しいポジションに移動できているか、こういったところをコーチらとともに、練習、試合で戦略通りに戦えているかチェックしている。選手時代に実績のないコーチが代表選手を教える時、聞いてもらえるかどうか心配になるが、「チームとしてこういうことをやりたいよね」と言うことはできる。サッカーのモウリーニョ監督の私の好きな言葉で、「メッシにドリブルを教えることはできないけれど、チームとして戦うことを教えることはできる」という言葉がある。まさに、チームとしてこう戦うんだということを、スポーツサイエンスを使って提示できたら、どんなことでもコーチをすることができる。
 ゲーム分析をして課題が見つかった時に、それが個人にひもづく問題なのか、チームにひもづく問題なのかをしっかり分析するようにしている。個人の問題なら個人に対して提案するし、チームとしてやり方を改める必要があれば改める。この繰り返しだ。
 分析のフローをまとめると、4ファクターを評価し、戦略で自分たちの強みをぶつけられているかどうかの評価をし、基準値をもとに分析してチェックする。それが個人、戦術のどちらにひもづくかを見極めて、優先順位の高さを決定する。こういうことを試合中も試合後もひたすら繰り返している。試合が終わって1、2時間したらデータがまとまっていて、それを見返すようにしている。
 ミーティングでの事例を一つ紹介する。試合後にソフトを使って日本と中国の攻撃の映像などをチェックすると、体が小さいからリバウンドを取れないのではなく、努力不足であることが分かる。実際に一つの大会で個人としての努力不足が16回、チームとしての努力不足が13回あり、取られたリバウンドの50%以上は、努力不足が原因だった。チームで課題に感じるところは一見、弱みや分が悪い点だと思いがちだが、大体はちゃんとやるべきことをやっていないから、できていないことが多い。仕方ないではなくちゃんと科学して、自分たちのどこに問題があったのかに真摯に向き合うと、道はあるよ、勝つチャンスはあるよということをお伝えしたい。
 ここまでがゲーム分析の一つの例だが、ここからはゲーム分析の情報をどう活かすか実践の話をしたい。ゲーム分析で得た情報を基にして、いかにチームとして攻撃的に戦っていくか、戦い方の科学の話だ。データは行動決定に活かすためのツールだが、行動してパフォーマンスアップにつながっているかどうかがカギになる。データはあるけれど活かせなかったら意味はない。心がけることは、自分たちが情報を得て打つ打ち手が効果的であること。連続的でチームプレーになるような打ち手になるように心がけている。情報を点の情報ではなくストーリーとして伝える。「こうやったらこうなる」と情報を因果関係でつなぐ。「こうやってこうしたら、これができるようになり、さらにこんないいこともある」という好循環がストーリーとして生まれる。ちゃんと自分たちが理解することができたら、行動しやすくなるというのが私の考えだ。データに裏付けされたストーリーを競争優位の論理で作っていきたい。このように情報を点ではなくストーリーにして提供できる人が一流のコーチだと思う。スポーツを科学することの意義や価値になる。
 これをどう作るのかというと、私は台本にする。「こうやって、こうなったら、こうなる」をストーリーにして台本にする。台本はスクリプトというが、「こういうことをしたいよね」という全体像をもとに、誰がいつ何をしたらどういうことができるのかを明確にする。個人としてもチームとしても、どうプレーするのかが明確になり、選手も台本を持っていることによって、チームとして戦う術が分かりやすくなる。これを「チームワーク」などの掛け声でやっていても、まとまらないのではないかと考えている。チーム力を重視する私たち日本代表にとっては、すごく大事な戦い方だ。
 バスケットでは、同じビジョンでプレーしようなどと言われるが、どうやったら同じになるのかを掘り下げて考えられるかどうかが、カギじゃないかと思う。戦い方を台本に集約する。迷わずプレーするとか、ミスを起こしそうなところを解決するシステムとか、ミスしそうなところを、こういうことを意識したらミスせずにスキルを発揮できるという考え方とか。あるいはチームとして戦う中でも個人としての強みをいかに発揮するかとか。これらを台本としてみんなが共有することができたら、一つの目標に向かって、チームとして歩んでいきやすくなる。強力で継続性がある台本ができると、「これをやったら、次はこうなるよね」ということが本人も想像できるし、周りの人もイメージできるので、プレーが速くなる。あうんの呼吸ができてくる。5人が常に同じページをイメージして戦っていける。そういう相乗効果も期待できる。
 もうちょっと分かりやすく説明する。「目的から逆算する台本」ということで、例えば熊取駅から大阪体育大学まで行くとする。その時にスクリプトとして「原則バスです」と決めていたら、駅に着いた時、「(移動手段をバスにするかタクシーにするか)どうしよう」といちいち考えずにそのままバス停に行き、移動できる。周りの景色を楽しんだりもできる。心の余裕も持てるし、いちいち考える必要もなく、立ち止まらなくてもいい。ただし、台本では「原則として」がポイントだ。もし、バスがすでに発車していたら、時間がなければタクシーを使うかも知れない。こういうところまで整理しておくと、原則通りに何もなかったらさっと行くという規律ができ、トラブルが起こった時やまたはもっといいチャンスがあった時にアドリブを利かせられるようになる。こういう現在地と目的地を決めながら、「原則こうしようよ」と決めつつ、もっといいことがあったら「アドリブを使っていいよ」と設定できると、自分たちが同じケージで規律と即興を持ちながら戦える。
 今までは、こういう部分は「スピード」「速く」「頑張れ」など大きな言葉で選手に伝え、選手が大きな言葉を選手なりに解釈してそれができるようになることをめざすのが、これまでよく行われてきたコーチングだ。「スピード」という大きな言葉だけではなくて、ちゃんとチームとしてこう戦うんだという絵や台本を持たせることが重要。それがなかったら、出たとこ勝負になったり「とにかく頑張る」と乱戦になったりして、非効率になる。
 皆さんはスポーツに人生をかけるつもりで大学に来られたと思っているが、私は、自分の人生ではギャンブルは嫌で、勝つべくして勝ちたい。自分が納得する勝負をしたい。そのためには、どういうところでつまずくのか、どうやったら勝てるのかをちゃんと科学して向き合うことが大事だし、それがあったおかげで今ここにいると思っている。
 まとめていくと、論理的確信に向かってゲーム分析を積み重ね、台本を作る。台本を作った後はそのスクリプトをリハーサルする。それが練習だ。ここでは、丸暗記するのがポイントだ。丸暗記してできるようになって初めて試合に臨む。このプロセスをちゃんと踏んでできるかどうかがパフォーマンスのカギだと思う。
 これができることによって、ごちゃごちゃした乱戦を避けて、勝つべくして勝つ戦いに向かえる土台になる。代表選手に「プレーの丸暗記ってどうですか」と聞いたら、「ロボットみたいに頭が固くなる気がする」と言われた。その気持ちは分かるが、私が絶対丸暗記しなければだめだと思えるようになったエピソードを紹介する。
 私の友人で世界のトップバンカーの話だが、優秀な営業マンは営業トークを完ぺきに丸暗記しているという。丸暗記していないと、お客さんに対しながらその時々でどう話そうかと考えてしまう。商品の良さをどう伝えようか考える。その時は、お客さんが買う方向に振れているのか振れていないのかを読むことができないという。丸暗記していると、話す内容を考えずに、相手の反応だけ見るらしい。相手の反応を見ながら、持っている自分の技や営業トークを出すという。これってスポーツと同じだ。次に何をしようかと考えながら、目の前のディフェンスがどういう状態にあるのか読めるだろうか。相当難しいと思う。自分たちの戦うスクリプトをちゃんと頭に入れて置いて、それをベースにしながら、目の前のディフェンスが自分をどう妨害してくるのだろうと意識を集中させるから、ディフェンスに対して効果的な打ち手を正確に選べる。これが私の考えで、「勝つべくして勝つ」に近づくカギだと思っている。
 結局、マインドを実行するのは人間で、分かっていたからできるものではない。今から映像を1秒間だけ見せるので、赤が何個あるか数えてください。(映像終了後)7個でしたね。では、青は何個でしたか。
 人間は1秒間に五感を使って2000個ぐらい感知できるが、実際に自覚できるのは8個ぐらいだと言われている。脳は重要なこと以外は省略する。重要かそうでないかは、自分が決める。今回は「赤を見よう」と思った時に重要なことを決めた。「自分がやってやる」とか、自信がある時は、ドリブルして進める、空いているコースが見える。自信がなくなるとそのコースは見えなくなる。なぜかというとパスをしたいからだ。パスをする所が赤になる。自信がある時の赤は、目の前の線になる。そういう意味でスクリプトをひたすら覚え込んでトレーニングしたからといって、試合で(効果が)出るわけではない。自分の心を整えながら、「私ならできる」と思っている人だったら、「私ならできる」が「やっぱりできる」になる。「できる」と思ったら、できることが見えてくる。できそうな、行けそうな道が見えてくる。「私、だめだ」と思ったら、やっぱりできないという世界が見えてくる。それが人間だ。なので、スクリプトを大事にしながらも、人としての心をちゃんと持って、規律ばかり言うのではなく、「やってやろう」という気持ちを持てるようにコーチは選手を導くし、選手自身も「私ならできる」という気持ちでスクリプトに向き合うことが情報を活かすカギになる。
 データは行動に活かすためのツールであり、知性をもとに勝つべくして勝つ。論理的確信に向かってデータを集約してスクリプトにし、やりたい気持ちでプレーできるように導くことが、私がめざしているコーチングだ。こういうチャレンジを通してパリオリンピックで金メダルを取って帰ってきたい。

スポーツ科学部開設記念シンポジウム

大阪体育大学で講演する恩塚亨HC

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