筆者:堤 裕之(情報処理センター長・スポーツ科学部教授)
1.スポーツ科学部とICT
大阪体育大学(以下本学)情報処理センター長を務めています堤と申します。元々の専門は数学で、大学では主にスポーツ科学部の1年生に、データの取り扱いについて、理論的、かつ実践的に教える授業を担当しているのですが、これらの授業を支障なく行うには、大学でICT機器を支障なく使える環境を整えなければなりません。このため、現在は、情報処理センター長として、大学全体のICT環境を整える仕事もしています。本稿は、どちらかと言えば、この情報処理センター長としての立場から、現在のスポーツ科学部の学びについて感じるところを記したいと思います。
まず、結論を記しましょう。本学スポーツ科学部では、学びの前提条件として、ICT機器を活用できることを求めています。もう少し正確に言うと、ICT (Information and Communication Technology) 機器を Communication(連絡・伝達)の手段として活用できることを求めています。
実際、初回授業の形式や受講場所の発表はホームページで行われますし、授業資料の配布も電子的に行われる授業がほとんどです(出席の確認やレポートの提出も同様です)。さらに入学直後の初回の授業からオンライン実施の授業もかなりありますし、対面形式で行われる授業も、そのうちの何回かはオンラインで行われることは珍しくはありません。つまり、ICT機器を Communication の手段としてある程度使いこなせないと授業に参加することさえできません。今のところ全国的な調査結果を見たことがないので、確かとは言えませんが、日本全体を見ても、教育のDX(Digital Transformation)化が本学スポーツ科学部と同じくらい進んだところはあまり多くないと思います。
驚かれたのではないでしょうか。本学は体育大学ですから、実技を重視する大学のはずです。実際、本学はさまざまなスポーツ実技が行えるよう、各競技に特化した施設が準備されていますし、授業もそれら施設を活用して行われています。つまり本学は対面重視の大学のはずです。また、所属する学生の高等学校までの学習歴もほとんどが理系的とは言えませんし、それどころか、入学直後はICT機器に苦手意識を持っている学生が非常に多いです。このように考えると、本学は,ICTとどちらかと言えばなじみにくいと考えるべきでしょうし、この文章を書いている私も少し前までそう思い込んでいました。しかし実際にはそうではありませんでした。何を間違えていたのでしょうか。
2.ICTと実技
本学が実技重視の大学であることに間違いはありません。実際、本学の学生の多くはさまざまなスポーツ種目の競技者です。言い換えると学生であることと競技者であることを両立していますし、させなければなりません。また、大学も両立を当然のことと考えています。言い換えると、大学は、競技者であることを言い訳にして学生の責務をおろそかにすることを許しませんし、これらを両立できるようさまざまな配慮が行われています。授業のDX化はまさにこの配慮の一環です。試合で遠征していたとしても、オンライン提供なら遠征先で対応できる可能性があるからです。
また、実技の多くは外なので、天気の影響を受けます。天気がどうなるかはその日にならないと分からないことも多いですが、授業情報をオンライン提供する形なら、外で実施するか否かの判断をギリギリまで遅らせることができますし、外での実技を中止した場合に必要になる代わりとなる教室の確保も、オンライン会議システム等を使えば必要なくなります。近年は特に暑くなり、熱中症の危険が急速に高まっていることも忘れてはならない要因です。
この他にもまだいくつか理由はあるのですが、紙数の関係からこれ以上ここに記すことはやめておきます。しかし、これだけでも、実技重視だからこそ、授業のDX化を進めざるを得なかったことは納得できるのではないかと思います。
しかし、(これも上に記したことですが)特に本学の新入生にICTに苦手意識を持っている学生が多いことは間違いのない事実ですし、そうでなくても高等学校までの授業は対面重視です。つまり、スポーツ科学部のICT前提とした教育は特に新入生にとって厳しい条件です。にもかかわらず、ほとんどの学生は支障なくこの環境に馴染みますし、実際、大学のあちこちで、PC、スマホをノートと合わせて広げている学生の姿を見かけます。最後になぜこれが可能なのかについての私の見解を記し、筆を置きたいと思います。
3.競技者と学生
まず、このための授業がたくさん用意されているとか、サポートのための職員がたくさんいることが理由ではないと思います。スポーツ科学を学ぶ学部ですからICTのための授業は必要最低限ですし、サポートのための職員も多くはありません。また、丁寧な素晴らしい授業が行われている訳でもありません(そんな自信は授業担当の私にはありません)。ただし、授業で課す課題はかなり多いです。スポーツ科学部の学生は、これら大量の課題をホームページ等に掲載されている授業資料を元に、友人と協力しながら、また、先輩や周りの人に質問しながら、授業等の空き時間にコツコツと計画的に進めなければなりません。これができない学生は授業にはついていけませんし、ほとんどの学生がこれをこなします。
高等学校で学ぶ者は「生徒」、大学で学ぶ者は「学生」と呼び方が違いますが、この「学生」という言葉には「自ら学ぶ」の意味があります。つまり、スポーツ科学部の入学生のほとんどは入学直後から「学生」と呼ばれるに相応しい行動ができるということだと思います。そして、新入生を見るたびに思い出すのは、本学の副学長を務められ、数年前に退職した淵本隆文先生の次の言葉です。
この研究の重要であった部分は、先ずは自分の運動経過や考えていることをまとめたこと。そして、他のトップ選手に話を聴き、共通点や違いを知れたことは指導する立場になり大きく役立りました。「自分を分析し、他者に習う」。これは競技力向上に大切なピースであると考えます。他種目から学べることも沢山あると思います。
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堤 裕之(情報処理センター長・スポーツ科学部教授)
専門は数学。最近はデータ解析の数理の理論と応用にも興味を持っている。担当科目は「統計」「情報処理実習I」「情報処理実習II」など。フィールドホッケー部部長、2021年から現在まで大阪体育大学情報処理センター長を務める。
関連サイト
○堤 裕之教授
○大体大先生リレーコラム「本物を学ぼう」